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2010年12月15日

●ノルウェイの森

 映画を観て来ました。

 映画化されるという話が出てから、原作フェチな私としては、絶対に納得はしないだろうと思いつつ、でも、やはり一度は映像を観てみたいという思いがあり、とりあえず一人で入間のユナイテッドシネマズまで、出かけたのでした。

 以下、ネタバレします。まだ観てない方、聞きたくない方はお読みにならないでください。

 結論から言えば、私は全く納得出来ませんでした。エンドロールは観ずに席を立ちました。自分が納得出来ない理由のうち、具体的には下記。

1)セリフ
 いくつかあるのですが、一つは緑の「ねえ、私が今何をやりたいかわかる?」に対して「場所をわきまえてよ」と言ったこと。それから、レイコさんに対して「本当に寝る(する?)んですか?」と問いかけたこと。この二つはあり得ないんです。少なくとも私がとらえている原作の世界は完全に壊れました。
 それから、緑が愛を語る時に、100%というキーワードが出てこないこと。さらに、イチゴのショートケーキを投げ捨てた後に、「僕は緑がイチゴのショートケーキを食べたいと思うことを察するべきだった」という部分がカットされていること。
 原作については、セリフの妙が肝心だと思っているだけに、厳しいです。

 そして、レイコさんと直子の関係もよくわからず、そもそも、直子とワタナベが初めて再会するのは電車の中で、そこから町並みをずっと歩くわけですが、これはあんな綺麗な映像ではなく、やはり原作通りの道を歩いて欲しかった。

 後、冒頭でキズキの自殺シーンが出てきますが、コレって映像化する意味あるの? と、のっけから違和感。

 ということで、やはり原作フェチには厳しい感じでした。レイコさんの声もなあ……。それに、すき焼き食べないと。ああ、もう!!! という感じで、観終わった後やりきれなさが募り、2時間ほど歩いて飲みに行ってしまいました。

 すいません、私にはこの映画の良さはまるでわかりませんでした。良いところを挙げられない。

コメント

ごぶさたしております。村上春樹があまり好きではない国語科教員の妻(でも「海辺のカフカ」は熱心に読んでいた)が帰省している隙に、一人で観てきました。

二時間足らずの映画の音と映像に作品を収めること自体が不可能だろうと思い、観るか観ないかの段階から考えました。

直子と緑のキャスティングがもっと良ければなあというのが一番の感想です。直子はもっと見た目が平均的な普通の女性であってほしかったし、緑は少々美人でなくても愛嬌があるキャラクターが良かった。菊池凛子とハーフの水原希子は厳しかったです。
レイコさんといい、ハツミさんといい、女性のキャスティングはイマイチ感でいっぱいです。

逆に松山ケンイチは見た目と精神年齢にギャップがありそうな主人公をよく演じていたのではないかと思います。
永沢さんのキャスティングは絶妙だったのではないでしょうか。

私は数回しか原作を読んでおらず、明確な世界観やイメージを持っていないので、作品と自分の作品イメージの比較を純粋に楽しむことができました。

さすがにもうほかの作品を映画化するのは今作以上に難しいので、ありえないでしょうね。

あと単純に映像そのものが日本の監督とは少し違うなと思いました。日本人監督だともっとべたつく恋愛映画になっていたような気がします。

あと坂本龍一はどこで出てくるのかと期待していただけに残念です。

コメントありがとうございます。というか、よくこんな放置ブログの更新気づきましたね。

原作と比較しちゃいけんことは、わかってるんですけどね。私も女性の役者さんのキャスティングは納得できないですね。松山ケンイチは、いいのかもしれないんだけど、そのセリフでどうしても納得していなくて、結局イマイチ感が残ってしまいますし、永沢さんについては、原作ベースで言うなら良いのかも知れないのですが、映画の世界だと描かれていない分、やっぱり駄目なんですね。

 要するに、映像化には文句しかないというのが、自分の印象なんでしょう。決して正しい印象とは思っていないんですが、文字の世界が好きな自分なので、もうそれでいいやと、諦め気味です。

 ちなみに、その後原作読み直しまして、若干映像の評価は回復したんです。不思議な物ですが、小説から戻ると、自分と解釈は違うにせよ、こういうことを映し出したかったのかなあと思える部分もあるというか。

 でも、駄目なもんは駄目なんですけどね……。

 ということで? 今年も良い一年をお過ごしください。一度くらい、飲めたら良いですね。奥様にもお会いしたいものです。

あけましておめでとうございます。

こちらもブログが長い間放置状態です。ケータイでも投稿できるんですが、文字入力の面倒さが半端ではないのでやっぱり放置状態です。

小説を映像化するのって、絵画を音楽で表現するとか、それくらい難しいものなのかもしれませんね。

僕も原作を読み返したいと思ったのですが、職場の学級文庫に入れてしまったので、しばらくはお預けです。代わりに「東京奇譚集」を買いました。

育児休暇中、妻子が何度か帰省する予定なので、うまく都合がつけば一度東京に遊びに行きたいと思っています。学生の頃は会議のため、社会人になってからは誰かの結婚式や二次会でしか東京に行っていないので、一度ちゃんとした観光をしてみたいです。
その際は必ず連絡しますので、良ければ一緒に飲みましょう。

あけましておめでとうございます。
やっと更新ですね。

まだ見ていないのですが、批判はやはり多く聞きます。「風の歌を聴け」でもう二度とやらないと憤慨した村上氏が、この人ならいいだろう、と起用した(それでもやはり日本人ではない)トラン・アン・ユン監督が、また村上作品を失敗作にしたと。

村上氏の作品はもちろんのこと、すばらしい作品はたくさんあります。でも、そうした小説はあくまで、読まれることを前提に書かれているということを、時として(往々にして)忘れがちです。特に映画をやっている人や、舞台をやっている人など、何を見ても舞台化の事が頭を過ぎります。

そっとしといてくれよ!と、言うことなんでしょうね。「必要な事は語られた」と。もちろん映画界が廃れている今日、時にはそういった英断が必要なんでしょうが、あるがままをそこにおいておいたほうが良い作品と、そうでない作品は、きちんと見分けなければ。気持ちだけはよく分かるぶん(ああ、この作品映画化したい!とか、芝居でやってみたい!とか)なんとも言えませんね。

個人的には、伊坂幸太郎作品と、京極夏彦作品の映画化は、本当に憤慨しました。そのうちカーヴァーの映画化をするとか言い出すんじゃないかとはらはらしています。

なかなか翻案されたもので秀逸な作品を見た事がありません。僕だったらどうするかなーなんて考えながら、もう一度原作を読んでみることにします。

ちょくちょくチェックしていますので、ぜひこれからも書いてください。

大変な亀レスで申し訳ない。コメントありがとうございます。

映像と小説は別物とは考えています。仮の話ですが、もし自分が何かの機会に村上春樹の作品を演劇なり映像なりにするとしても、そのままはやりません。だから、今回の作品についても、もちろん監督なりのノルウェイがあって、それを作者本人も認めてという流れは否定するものではないのです。

ただ、やっぱりこの作品については、個人的な気持ちの入り方が別格なことと、自分にとっての「決め」の部分が抜けている事で、とにかく興奮してしまったのでした。

その後小説を読み直して落ち着き、また、先日映画サイトのレビューを30人分位読んで、そもそも私は映像向きの人間ではない(文章を読む方が好き)なんだろうなと思いました。

余り頻繁に更新はできませんが、また暇があったら覗いてやってください。

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